男子バレーボールのアタッカーベスト3

バレーボール

大古誠司

大古誠司
大古誠司

大古誠司は1972年ミュンヘンオリンピック金メダリストである。ミュンヘンオリンピックメンバーはインターハイやインカレで活躍したサラブレットばかりだった。大古は、松平監督がNHK学園でレクリエーションバレーをしていた大古を見て全日本に引き入れた異色の選手だ。1968年メキシコオリンピック銀メダル、1976年モントリオールオリンピック4位であり、世界選手権に2度出場している。

大古は194センチの身長があり、当時の全日本のエースアタッカー横田忠義と2人で日本の攻撃を担った。剛の横田に対して柔の大古と言われ、柔軟な体から繰り出すしなやかで多彩なスパイクが持ち味だった。

ミュンヘンオリンピック準決勝ブルガリア戦では前半調子が出ずにミスが目立ち、ブルガリアに2セット先取されて崖っぷちとなった。第3セット、第4セットを辛うじて奪い、第5セットになり大古が調子を出して大活躍し大逆転でブルガリアに勝利した。

1991年から全日本男子の監督に就任し、中垣内祐一を擁するチームを率いてバルセロナオリンピックで6位入賞した。

現在、沖縄県バレーボール協会スーパバイザ―、中山農場顧問を務めている。

中垣内祐一

中垣内祐一
中垣内祐一

中垣内祐一は1992年バルセロナオリンピック代表選手である。身長193センチ、ランニングジャンプ1メートルという素晴らしい素質に恵まれている。高校時代全国大会の出場経験はなく、大学時代も主だった戦績はない。筑波大学3年生のとき、全日本の南将之監督に見い出され全日本入りした。大古と同じく異色の選手である。

1989年日ソ対抗戦で国際試合デビューしたが、粗削りでスパイクミスが目立った。その後も中垣内のミスで負ける試合が多かったが、南監督は我慢して中垣内を使い続けた。国際試合の経験を積んで中垣内はメキメキ腕を上げ、デビューから2年後には素晴らしいアタッカーに成長した。私は、中垣内の才能を見抜いていた南監督の慧眼に感服した。

1991年から全日本は大古誠司監督となり、2人のエースが対角を組むバレーからアメリカ式のエースが1人というバレーに転換し、中垣内が実質的な日本のエースアタッカーとなった。1992年バルセロナオリンピックでは中垣内がエースアタッカーとして活躍し6位入賞した。

オリンピック後、ルックスの良さからモデルを務めるようになり、テレビなどに頻繁に出演するようになったことから爆発的な人気者となった。試合会場には満員の女性客が押し寄せ、中垣内コールや黄色い声援が飛び交った。

2016年から全日本男子監督に就任し、石川祐希、西田有志らを擁するチームを率いて2019年ワールドカップ4位、2021年東京オリンピックベスト8進出を果たしている。

現在福井工業大学教授職に就いており、同大学や系列の中学、高校のバレーボール部の指導をしている。

石川祐希

石川祐希
石川祐希

石川祐希は2021年東京オリンピック代表選手である。高校2年、3年時に、インターハイ、国体、春の高校バレーを制し6冠を達成している。

しなやかなフォームから繰り出す強烈なスパイクが特徴で、スパイクのみならずサーブ、レシーブ、ブロックなどすべて一級品であり、全日本の至宝である。2019年ワールドカップ、2021年東京オリンピックの好成績は石川の活躍が大きく貢献している。

中央大学卒業後はVリーグに所属せず、イタリアのプロバレーリーグセリエAに活躍の場を求めて、世界の舞台で技術を磨いている。世界のトッププレーヤーと切磋琢磨して日々バレーの技術を磨いている姿は山岳で修行する仙人を彷彿とさせる。

現在はイタリアプロバレーリーグミラノに所属し技術の研鑽に邁進すると共に、来年のパリオリンピックに向けて精進の日々である。

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