斯波宗典
斯波宗典(松山ケンイチ)は会社勤めをしていたが、父親が脳梗塞で倒れ半身不随となり介護のため仕事を退職した。父親の介護をしながら、勤務時間の少ないアルバイトをして生活した。
父親の介護は文字どおり地獄であった。半身不随のため食事、入浴、排泄などすべて斯波の手を煩わせた。日常生活の殆どの時間を介護に捧げる日々が続いた。父親は認知症の症状も発症するようになったため家に一人で置かれなくなりアルバイトもできなくなった。
生活保護申請をしたが、斯波が健康であり働くことが可能な状態であることから却下された。収入が無くなり貯金も底を突いてしまい、1日3食の食事も満足に摂れなくなった。父親は症状が悪化し寝たきり状態となり、父親が「お前に負担をかけたくない、俺を殺してくれ」と斯波に言った。
斯波自身も精神的にも体力的にも限界に来ており、金銭的にもこの先の目処が立たない状態であり、斯波は父親を殺すこととした。煙草を煮詰めたニコチン水溶液を父親に注射して殺害した。
ケアセンター
斯波はケアセンター八賀に介護士として勤務していた。毎日高齢者宅を訪問して、食事、入浴など日常生活の世話をして働いている。普段はベテラン女性介護士と見習い女性介護士、そして斯波3人のチームで活動している。センター長は団という壮年の男性であった。斯波の優しい看護は高齢者や家族から評判が良かった。見習い介護士は斯波のような介護士になりたい、と尊敬のまなざしで斯波を見ていた。
斯波ら3人は要介護高齢者宅で高齢者の清拭、排泄などの介護をしていた。そこへ高齢者の娘が仕事から帰宅し、斯波らと介護を分担した。娘はシングルマザーで、昼はスーパーのパート、夜はスナックで働き3人の子供を育てながら母親の介護をしていた。娘は仕事、子育て、介護でフル回転の毎日を過ごしており、限界に来ているような憔悴ぶりであった。
シングルマザーの母親が亡くなった。斯波らは通夜に参列したが、ベテラン介護士と見習い介護士は「娘は介護から解放されて救われたのではないか」と話していた。
高齢者とセンター長の死
斯波はケアセンターが管轄する高齢者宅に盗聴器を仕掛けて、高齢者と家族の介護の状況を盗聴していた。家族が介護で崩壊の危機にある、と判断した高齢者をニコチン水溶液で殺していた。
今日も斯波は高齢者に煙草を煮詰めたニコチン水溶液を注射して殺した。そこへセンター長が高齢者宅に忍び込んできた。センター長は高齢者宅に合鍵で侵入し高齢者の金品を盗むことを繰り返しており、斯波とセンター長が鉢合わせしてしまった。斯波はセンター長の窃盗行為を詰り、揉み合いとなった。センター長は格闘の最中階段から転落し死亡した。
高齢者の家族が2人の死体を発見した。高齢者の死因は心筋梗塞であったが、センター長は何者かに殴打されたことによる他殺であった。センター長は多数の鍵を所持しており、捜査の結果センターが管轄する高齢者達の家の鍵であった。ケアセンターではケアする高齢者宅の合鍵を保管していた。
大友検事
検事の大友秀美(長澤まさみ)はセンター長殺害事件の捜査を担当することとなり、付近の防犯カメラの映像を調べたところ、犯行時間帯に斯波が車で現場方向に向かっている映像が確認された。また、センターが管轄する高齢者の死亡人数が他のケアセンターと比較して突出して多いことを発見した。特に月曜日と金曜日に集中して死亡者が出ていることに気付き、月曜日と金曜日に休日となっているのは斯波であることを突き止めた。
任意出頭した斯波は頭に包帯を巻き、顔には複数の傷があった。斯波はセンター長と高齢者宅で鉢合わせした際、センター長と揉みあい死に至らしめたことを認め、センターが管轄する高齢者41人を殺害したことを認めた。
取り調べ
斯波は逮捕され、大友検事の取り調べを受けた。
斯波は
要介護高齢者と介護する家族の窮状は筆舌に尽くし難い。介護に当たる家族が限界に来ているとき、高齢者を殺してあげることは高齢者にとっても家族にとっても救いとなる。社会が高齢者介護を自己責任などと放置しており、喪失された高齢者・家族に対する介護でありロストケア(喪失介護)である。
この世界では至る所に穴が開いている。穴の中で膝を折って手を差し伸べても穴からは出られない。「誰にも人の命を奪う権利はない」とか「殺人は犯罪だ」というが、それは穴に絶対落ちない安全地帯にいる人が綺麗事を言っているだけだ。検事さんも一か月、いや一週間でも良いから介護を経験してみれば分かる。
私を人殺しと言うが、検事さんは私を死刑にするために取り調べしており、同じ人殺しだ。人が人を殺せば殺人だが、国家が人を殺せば正義だ、というのは戦争の論理だ。
と言って自分の行為は殺人ではなく救済である、と主張した。
石川検事は
どんな理由があろうとも殺人は肯定されない。人を殺す権利など誰にもない。高齢者とその家族には喜び、悲しみ、家族の絆などその人達の人生がある。それらのものは誰であっても奪うことはできない。
と斯波に言った。
被害者家族
大友検事は斯波に殺された高齢者の家族に事情聴取した。
一人の女性は、
私は介護と仕事と子育てでギリギリでした。体もきつく、金銭的にも追い詰められていました。母が亡くなったことは救いでした。
と話した。もう一人の女性は
本当に斯波さんが犯人でしょうか。斯波さんは父にとても優しく、私のことも気にかけてくれて気遣ってくれました。
と話した。
裁判
斯波は起訴され法廷の審理に臨んでいた。斯波が証人席で発言していたところ、傍聴席の女性が立ち上がり斯波に向かって「人殺し、父を返せ」と叫んだ。裁判所職員が女性を法廷の外に連れ出そうとしたが、「人殺し、父を返せ」と何度も叫んでおり、女性は無理やり法廷の外に連れ出された。斯波は呆然と立ち竦むだけだった。
拘置所
大友検事は母子家庭で育ち、母が認知症を発症し高齢者施設に入所していた。父とは20年以上も会っていなかった。
数か月前、父から電話やショートメールが来ていたが無視していた。先日警察から、父が変死したとの連絡で死体の身元引き取りに行った。父は死んでから何カ月も経って発見され、腐敗した状況であった。父は石川検事に助けを求めて電話していたのだと思い、父を殺したのは自分だと後悔した。
石川検事は拘置所で斯波との面会を求め、斯波に対して父のことを話した。父とのこれまでの経緯や父に対する感情などを斯波に話し、父を殺したのは自分だと告白した。斯波は涙を流しながら石川検事の話を聞いていた。
斯波の殺人は犯罪であるが、介護する家族にとっては救済となっている側面もある。介護する家族が被介護者を殺す事件は多数発生している。介護で疲労困憊し、誰も手を差し伸べてくれず追い詰められて殺してしまう事件が跡を絶たない。そんな介護者にとって、被介護者が居なくなることは救いである。
安楽死の問題とも共通するのは殺人か救済かの境界が判然としないことである。誰でも介護者となってしまう可能性がある。金銭的に恵まれている人は介護で苦しむことはないかもしれないが、大部分の人は介護に直面した際体力的、金銭的極限を経験することとなる。
国の補助金システムやホームヘルパーなどの公的支援を上手に利用し、一人で抱え込まないようにすることが求められていると思う。