谷崎潤一郎著「春琴抄」を読んで

読書感想文

春琴と佐助

春琴は大阪道修町の薬種店の美しい娘である。9歳のときの病気が原因で失明し、薬種店に丁稚奉公している佐助が春琴の世話係をしている。佐助は春琴より4歳年上で、食事などの日常生活や外出の手曳きなど常に春琴の傍にいて仕えている。春琴は三味線の習い事をしており、師匠宅への付き添いも佐助の仕事である。

春琴の独立

春琴は三味線を習っている師匠から免許皆伝をもらい、自宅で三味線教室を開き三味線を教えて生計を立てるようになった。春琴は気性が激しく、稽古にあたっては弟子を罵倒したり、バチを投げつけたりすることもあった。春琴の稽古の際は常に佐助が傍で控えていた。

やがて佐助も春琴から三味線を習うようになった。佐助に対する春琴の稽古は厳しく、演奏をミスすると佐助の手を殴打したり、佐助を罵倒したりした。佐助は当初春琴に叱られると涙を流して泣いたりしていたが、春琴の稽古が待ち遠しく感じられるようになった。

妊娠

この頃、春琴が妊娠していることが判明した。相手の男について春琴は絶対に言わなかった。また周囲は佐助が相手だろうと噂し合っていたが、佐助はそのことについては一言も言わなかった。やがて春琴は子どもを出産し、その子は里子に出されて出産騒ぎはいつの間にか収まってしまった。

火傷

近所の放蕩息子の利太郎が春琴の美しさ目当てに三味線を習いに来るようになり、稽古の最中春琴を口説いたりしていた。春琴は一切相手にしていなかったが、あまりしつこく言い寄られたことがあって手厳しく利太郎を拒絶した。利太郎は捨て台詞を吐いて去り、稽古に来なくなった。

その数日後、春琴が就寝中顔に熱湯を掛けられる事件が発生した。春琴の悲鳴を聞いて佐助が駆け付けたときは、春琴の布団の脇に鉄瓶が放り投げられており、春琴が顔を手で覆って苦しんでいた。犯人はそこにおらず、誰が犯人か判明しなかった。

包帯の取れる日

春琴は医者の治療を受けて顔に包帯をしていたが、包帯の取れる日がやって来た。春琴は、火傷で醜く引き攣った顔を佐助にだけは見られたくない、と佐助に言った。

佐助は春琴の顔を見ないようにしようとは思っていたものの、絶対に春琴の顔を見ないで過ごすことは無理だと思った。そこで佐助は自分の両目を針で突いて両目をつぶした。そして春琴に、両目を針で突いて目が見えなくなった、春琴の顔を見ることは永久にない、と言った。春琴は佐助の言葉に対して、それは本当か、と佐助に問うた。その後しばらく沈黙が続いて、その沈黙が佐助は心地良いのものと感じた。春琴と同じ闇の世界に身を置くこととなった喜びに満ち溢れていたのだ。

余生

春琴と佐助は三味線を教えて生計を立て、結婚はしなかったが二人の間には2男1女が生まれた。男子2人は里子に出され、女子は死産であった。春琴は病に侵されて世を去り、その後21年間佐助は一人暮らしで、83歳で没した。佐助は周囲の者に、目が見えていたときより目が見えなくなってからのほうが幸福だった、と述懐していたそうだ。

明治の文豪谷崎潤一郎は耽美主義派である。あり得えない愛、究極の愛をテーマとした作品を書いている。火傷で醜くなった春琴の顔を絶対見ない方法として、佐助は自身の両目を針で突いて盲目となった。しかし、盲目となって春琴と同じ闇の世界に生きることに無上の幸福を感じた。

春琴が三味線の稽古に行く際、佐助が春琴の手を曳いて歩いたり、春琴が弟子に三味線の稽古をつける際、佐助がじっと傍らで控えている様子などは妖しさが漂っている。その後、春琴の妊娠・出産があり、父親は分からずじまいである。佐助が父親であろう、と思料されるがハッキリしない。

佐助が春琴に、目を針で突いて盲目となったことを報告した際、春琴が「それは本当か」と佐助に問うた後の長い沈黙は、春琴と佐助が同じ闇の世界の住人になったことに対する喜びに2人が浸っているように思われる。

春琴抄は谷崎文学の追求する「美」の最高傑作である、と思う。春琴と佐助が織りなす妖しい愛、あり得えない愛が儚く、そして感動を与えてくれる。

タイトルとURLをコピーしました