ヘルマン・ヘッセ著「春の嵐」を読んで

読書感想文

そり滑りの事故

クーンは子どもの頃から音楽が大好きな少年である。バイオリンを弾いたり、唄を歌ったり音楽に親しんで日々を過ごしていた。音楽学校に入学したクーンは、音楽理論やバイオリンを勉強していた。冬の日に好きな女の子とそり遊びをし坂をそりで下って楽しんでいたが、思わぬ運転ミスでそりが暴走しクーンは足に重大な傷害を負ってしまう。足の怪我は治ったが、歩行の際足を少し引きずる障害が残った。

3か月の入院の間、作曲に興味を持つようになり、退院後音楽学校でバイオリンを学びながら少しずつ曲を書き始めていた。音楽学校を卒業し、市の楽団でバイオリンを弾いて収入を得るようになった。

バリトン歌手ムオト

市の劇場にはムオトというバリトン歌手がおり、ある日ムオトから作曲の依頼を受けた。ムオトはクーンの曲に好感を持っており、クーンの作曲した曲を歌ってみたいと思っていたのだ。クーンはムオトのために作曲した曲を完成させ、ムオトは劇場でクーンの曲を歌って大好評を得た。その後、ムオトはクーンの作曲した曲を好んで歌うようになり、いずれの曲も好評を得ていた。

ムオトは卓越したバリトン歌手であったが、女性遍歴で有名であった。他人に対して攻撃的な発言をすることも多く偏屈な性格であったが、クーンはムオトが好きで音楽仲間として尊敬していた。

ゲルトルート

音楽好きな実業家イムトル氏の主催する演奏会に呼ばれたクーンは、イムトルの娘ゲルトルートと知り合った。ゲルトルートは美しい女性で、ソプラノの美声の持ち主であった。クーンとゲルトルートは、クーンが作曲した曲をまず最初にゲルトルートに見せて歌ってもらい、改善点や修正点を話し合うこととなった。

クーンは曲が完成するとゲルトルートを訪ねてソプラノで歌ってもらい、曲の感触や修正点を2人で話し合った。しばしの間、クーンとゲルトルートは完成したオペラ曲を歌い、点検し、修正することを続けていた。

クーンはゲルトルートに恋心を抱くようになり、意を決してゲルトルートに告白した。ゲルトルートの返事は、「このまま音楽の友人として過ごしたい」というものであった。

オペラ曲の練習のためムオトとクーンはソプラノ歌手が必要になり、イムトル家を訪問してクーンはムオトにゲルトルートを紹介した。ムオトが攻撃的な態度を取らないか心配したクーンであったが、ムオトは紳士的な態度であった。その日はゲルトルートを交えてオペラ曲を練習し、その後食事をして親交を深めた。

曲が完成すればゲルトルートに歌ってもらうことは続けていたが、ゲルトルートが物思いに沈むことが度々見受けられるようになり、クーンは心配していた。ムオトの家を訪問した際、ムオトの机の上にゲルトルートの手紙を見つけたクーンは、ゲルトルートとムオトの交際を知って衝撃を受けた。

ゲルトルートとムオトが結婚してゲルトルートはイムトル家からいなくなった。クーンは曲が完成しても1人で曲を見直し、修正して過ごしていた。

破局

結婚してしばらくしてゲルトルートは実家に長期帰省していた。ゲルトルートは憔悴し、痩せて生気がなかった。ゲルトルートとムオトの結婚生活はうまく行っていないのだった。自宅で一人生活していたムオトはクーンを呼んでクーンの伴奏で歌い、そして食事しクーンはムオト宅に宿泊した。ムオトは毎日酒を浴びるほど飲み、荒んでいた。次の日の朝、ムオトは吐血して死んでいた。

ゲルトルートはイムトル家に戻り、以前のようにクーンの曲を素晴らしいソプラノで歌い、2人で曲について意見を交わす日々が戻った。しかし、お互いの人生が修正できないことを自覚しているクーンはゲルトルートに対する恋心を抑え、疲れ切ってボロボロになったゲルトルートの癒しになるように接した。ゲルトルートが望んでいた「音楽の友人」に徹して傍に寄り添い、ゲルトルートのソプラノを心の拠り所に日々を歩んで行くのだった。

クーンは足の障害のため引け目を感じており、控えめで紳士的な態度でゲルトルートに接していた。一方ムオトは天才的バリトンの才能から攻撃的、自己破壊的な行動や言動が際立つ男である。ゲルトルートは自己破壊的性癖のムオトに惹かれて結婚し、ずたずたに疲れ切ってしまう。実家に戻って安らぎを取り戻し、クーンの作曲した曲を歌い、曲についてクーンと講評し、音楽の友として心地よい時間を過ごすこととなる。クーンは音楽のよきパートナーとしてゲルトルートに接して、決して恋心を出さずにゲルトルートの傍で作曲に勤しむ道を歩んで行く。

クーンの生き方はヘッセの美意識そのものである。春の嵐に限らず、車輪の下、郷愁などのヘッセの作品の主人公は、女性に対する恋情と尊敬と畏怖の念を同時に持ちながら決して深入りせず、女性の心地よい近隣者として傍に控えて見守る守護者のような存在である。

対局としてムオトのような攻撃的性格の男性を登場させてゲルトルートをボロボロにしてしまう。こうして守護者のような主人公が女性のパートナーとして寄り添い、安心感を与えて人生の航路を示してくれる。女性に対するヘッセの理想とする男性像がクーンであり、春の嵐はヘッセの女性観が良く出ている作品であると思う。

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